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教員採用試験対策講座1-社会に開かれた教育課程-

ビルの谷間から昇る眩しい夜明けの太陽を背景にした電子ネットワークで結ばれた世界 「鍛地頭-tanjito-」の教育論(実践編)
夜明け グローバル(提供 photoAC)
この記事は約29分で読めます。

教育活動には種々の態様があります。また,一つひとつの教育活動には,それぞれの教育的意義及び目的/目標とされる効果等があります。しかし,遺憾ながら,それらの意義や教育効果の目標化などは,日々の教育実践の中で忘れられがちです。

そこで,具体的な教育場面を取り上げ,種々の教育活動の根底にある教育的意義や目標化されるべき教育効果などを再確認するため(下位目的),本カテゴリーに当塾の塾長による教育実践に根付いたショートブログを書き下ろすことにいたしました。その上位目的は,次のとおりです。

〈乳幼児・児童・生徒の未来に羽搏く成長〉に資する教育実践の創造

日々の真摯な教育実践の参考としていただければ幸甚です。また,教員採用候補者選考の「場面指導」にもお役立てください。

皆さん,こんにちは(おはようございます/こんばんは)。生きる自分への自信を持たせる「鍛地頭-tanjito-」塾長の小桝雅典です。

0 プロローグ(執筆の動機)

今回のテーマ(話材)である「社会に開かれた教育課程」は新学習指導要領の基本理念です。したがって,各地方自治体の教員採用候補者選考においてよく出題されています。

何が重要かと述べれば,出題されている「事実」ではなく,この基本理念が構造化された背景を理解することと基本理念を通して現代,あるいは,これからの時代を生き抜いていく我々に必要な〈知〉の在り方を考究することが重要なのです。教員採用候補者選考の受験主体は「社会に開かれた教育課程」関連の虫食い問題における解答を丸暗記するだけではなく,この基本理念の背景,基本理念そのものの理解に努め,さらに基本理念の先にブラインドの状態で我々の探究を待っている〈知〉の在り方を模索することが大切です。そのような学習を行えば,虫食い問題が全て虫に喰われていても,解答は可能なはずです。

教員採用候補者選考の受験主体だけではなく,現代,あるいは,これからの時代を生き抜いていく全ての我々にとっても,上述の営為(下線部*)は重要です。なぜならば,特に「〈知〉の在り方の考究→構造化」はこれからの予測困難な時代を自らが生き抜いていく上において必須だからです。また,言わずもがな,「〈知〉の在り方の考究→構造化」は次代を担うこどもたちにとっても重要で,「考究→構造化」する資質・能力を含め,これからの〈新しい教育〉が希求する営為であることを万人が理解しておくことが必要だからです。

これからの学校(教育)は閉ざされた非日常的な空間(=「知」)としての「学びの場」では成り立ちません。そこで〈生きて働く知〉は生産されないからです。「学級王国」など悠長に構え/批判している場合ではない,そのような世の趨勢ではないのです。〈新しい時代〉の〈新しい教育〉による〈新しい学校知〉は万人に了解された〈知〉として社会に開かれていかなければなりません。社会の様々な人的・物的資源とつながり,社会(世界)と〈新しい価値〉を〈共創造(co-creation)〉できる〈学校知〉でなくてはならないのです。そうした資質・能力がこどもにも,大人にも求められているのです。

「社会に開かれた教育課程」は教員採用候補者選考の受験主体にだけ必要なもので,だから我関せずと一瞥で打ち捨てるのではなく,これからの時代を生き抜く全ての人々にとって重要かつ必要であるとの認識を持っていただくために,本ブログ行為を営んだわけなのです。その上で,だからこそ,教員採用候補者選考でも出題されていると善意に考えたいのです。

緑の樹木の葉を背景に浮かび上がる透明色な地球
緑と地球(提供 photoAC)

1 「社会に開かれた教育課程」とその成立の背景

ここでは,「社会に開かれた教育課程」とその成立の背景を簡易にまとめておきます。

その前に,「社会に開かれた教育課程」とはどのような思考の構造体を指して言うのか。引用を中心に紹介しておきます。教員採用候補者選考の受験主体にとっては必読の箇所です。

(1) 「社会に開かれた教育課程」とは

「社会に開かれた教育課程」のポイント

 よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を学校と社会とが共有し,それぞれの学校において,必要な教育内容をどのように学び,どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを明確にしながら,社会との連携・協働によりその実現を図っていく。

「これからの教育課程の理念」(文部科学省,「新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ- 1.今回の改訂と社会の構造的変化-社会に開かれた教育課程の実現-」,p.11)

  1. 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち,教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。

  2. これからの社会を創り出していく子供たちが,社会や世界に向き合い関わり合い,自らの人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを,教育課程において明確化し育んでいくこと。

  3. 教育課程の実施に当たって,地域の人的・物的資源を活用したり,放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし,学校教育を学校内に閉じずに,その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること。

引用:「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)【概要】」(「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第197号)」,文部科学省,初等中等教育局教育課程課,登録:平成28年12月,pp.4-5)「これからの教育課程の理念」(文部科学省,「新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ- 1.今回の改訂と社会の構造的変化-社会に開かれた教育課程の実現-」,p.11) ※ 引用文中の赤字は後者のまま。

次に,このような思考の構造体が表象化された時代的な背景を簡単にまとめておきます。

(2) 「社会に開かれた教育課程」成立の背景(概要)

現代は,そして近未来の時代は,一言で言えば,「予測困難な時代」です。換言すれば,ポストモダン終焉期にある現代は「小さな価値観」さえ喪失し,自我中心主義(≒エゴイズム(egoism))が蔓延した時代であり,他者との〈共創造(co-creation)〉による〈高次の文化〉が創造され難い/一部の人間しか創造しない時代と言えます。一方で,文化・文明は西洋思想(物心二元論)から東洋思想(物心一元論)に変移しようとする過渡期にあります。これらが相俟って,こうした世界規模の時代性は「予測困難」と述ぶよりも,寧ろ「混沌(Chaos)」や「アパシー(apathy)」1)「一般には社会学における概念で,社会現象や社会そのものに対し無関心になってしまい,自己を取巻く日常的な事柄にしか興味をもたない,社会的無関心,政治的無関心を意味する。心理学的には自己の生活や自分にも興味をもたない,極端に無関心な虚無的な意識をさすが,社会学的もしくは政治学的概念として用いられる場合が多い。政治的無関心と同義に用いられる場合もあるが,その場合には,政治の世界から自己が疎外されていると感じている「政治的疎外感」や,政治に自分が影響力をもたないと感じてしまう政治的無力感,または「政治的有効性感覚」の欠如とも類似した概念となる。」(コトバンク:アパシー(英語表記)apathy,アパシー apathy,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説,出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 と断言した方が正鵠を射ているのだと思います。

【「小さな価値観」に関する当塾のブログです。参考にしてください。】

「敵/味方」の思考を止揚(aufheben)せよ!!-一元論的「保護者-教員(学校)等」関係論-
「鍛地頭-tanjito-」の「保護者-教員(学校等)」関係論の第3弾。保護者と教員(学校等)とのトラブルの根源を物心二元論に求め,一元論的視点によって,乳幼児・児童・生徒を中心に据えた円満な関係構築の在り方について論じます。
「思いやり」と温情主義―ポストモダン終焉期の実相〔12-2〕
「塾長の述懐」シリーズの第12弾です。今回はポストモダン終焉期の実相として,現行の大学入試を採り上げながら,〈言語能力〉及び〈言語運用能力〉の低下がもたらす弊害について,視点論的な見方から,温情主義(パターナリズム)及び「思いやり」にまで言及してみました。
Ⅱ 開塾の趣旨
一元論的トランスモダンの時代,種々の価値観を止揚・統合し,他者と協働しながら高次の文化を創造する総合的な人間力を備えた人材の育成が急務です。そのためには,「地頭」を「鍛」えるしかありません。延いては,それは言語(運用)能力を鍛えることなのです。
塾長の述懐 第8回 脱自我中心主義(2019.5.5(Sun.))

「塾長の述懐」シリーズの第8弾です。先週投稿した「校則」についてのブログと先日投稿した「保護者―学校」間の連携についてのブログに関して,前者は後日談を,後者は内容上の補足を行っております。特に,後者には当該の連携にかかわって,学校,県教委,大学,そして当塾と〈教育〉に係る多視点を有した塾長が本音を語っています。

塾長の述懐 第7回(2019.4.28(Sun.))
「塾長の述懐」シリーズの第7弾です。何やら塾長に懸念することが…。昨日公開した「校則」に関するBLOG記事の読者評価を想定しながら,その記事の行方(評価)を懸念するだけでなく,〈新しい時代〉に向けての懸念があるようです。万事に真摯な態度で全力で臨む塾長ならではの思いが赤裸々に綴ってあります。
トランスモダンで「校則(KOUSOKU)」を〈考える〉【前編】

丸刈り訴訟などの裁判事例があるように,「校則」に纏わる問題は単に「児童生徒(保護者等)ー学校(教職員)」間で解決できる問題ではありません。その解決にはシステム思考が必要ですし,現代の「知」の枠組みを〈相対化〉して捉える態度が必要です。「鍛地頭-tanjito-」が一元論的トランスモダン論を援用し,この難問に挑みます。

塾長の述懐 第6回(2019.4.21(Sun.))

新企画「塾長の述懐シリーズ」。当塾は教育情報の発信を業務の柱にブログを投稿させていただいておりますが,本シリーズはその投稿記事の舞台裏を綴ったブログ記事といった位置付けになります。教育情報系のブログ執筆に纏わるエピソード等を満載していますので,それらのBLOG記事と合わせてお読みくだされば,面白さも倍増しますよ!

よくあるご質問
オンライン面接試験対策講座に関する「よくあるご質問」を31点にわたりまとめました。「プロローグ」,「解説」及び「募集要項」に関する理論書風のFAQです。それらと併せ,本質疑応答集をお読みください。本講座のほぼ全容が明確になります。是非ご活用ください。
新しい時代を生きるための《読み》について考える―〈語り手〉とは?【発展編】

新学習指導要領(国語)に初お目見えした「語り手」概念を解説する第2弾。今回は,特に「語りの構造と語り手の視点」について概説します。しかし,本ブログシリーズの目的は国語教育の推進だけではございませんので要注意。来たるべき一元論的トランスモダンの時代を如何に《生きる》か,その壮大な究極的命題に挑むことが最たる目的なのです。

「The パクるな!!」-ブログ類似言説の〈相対化〉-(第5回)

「The パクるな!!」シリーズの第5弾。前夜祭を終えた「現代ブログ言説」の〈相対化〉が本格稼働し始めます。ですが,本ブログの目的は教員にとってのオリジナリティーの希求にあるのです。その結論を出すまでに,かなり遠回りをしている感がある本シリーズ。ところが,それは決して遠回りではなかったのです。

「鍛地頭-tanjito-」の教員採用試験対策講座
「教育原理」「教育史」「教育心理」…など領域別の対策だけでは即戦力・実践力は養えません。「鍛地頭-tanjito-」は唱えます。筆記選考対策と人物評価選考対策とを止揚する学習方法を。教採受験界のパラダイムをシフトさせるのは当塾なのです。

ただ,巷間で「予測困難」と言及される理由(要因)は,次の点にあります。数多くの教員採用候補者選考の受験主体がお持ちであろう『教育の最新事情がよくわかる本2020』(教育開発研究所編,教育開発研究所,2019.10,p.28(明星大学 吉冨芳正),以後「A」と表記)から引用し,筆者が箇条書きに改めます。

  1. 新しい知識・情報・技術が高い価値をもつ知識基盤社会の到来
  2. グローバル化の進展
  3. 人工知能(AI)の急速な進化
  4. 環境問題の深刻化
  5. 持続可能な社会づくりへの要請
  6. 少子高齢化
  7. 貧富の格差の問題 

「こうした状況を見据えたとき,社会の変化に受け身に対応するのではなく,より良い人生や社会を私たち自らが創り出していく必要」(前掲書A,p.28)があるのです。このような趨勢から「予測困難な時代に,一人一人が未来の創り手となる」(中央教育審議会,「幼稚園,小学校,中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28年12月21日))ために,中教審は次のように考えています。孫引きになりますが, 「これからの教育課程の理念」(文部科学省,「新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ- 1.今回の改訂と社会の構造的変化-社会に開かれた教育課程の実現-」,pp.9-10) から引用します。教員採用候補者選考の受験主体にこの資料を見ていただきたいので。

○ …近年顕著となってきているのは,知識・情報・技術をめぐる変化の早さが加速度的となり,情報化やグローバル化といった社会的変化が,人間の予測を超えて進展するようになってきていることである。
○ 人工知能がいかに進化しようとも,それが行っているのは与えられた目的の中での処理である。一方で人間は,感性を豊かに働かせながら,どのような未来を創っていくのか,どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え出すことができる。多様な文脈が複雑に入り交じった環境の中でも,場面や状況を理解して自ら目的を設定し,その目的に応じて必要な情報を見いだし,情報を基に深く理解して自分の考えをまとめたり相手にふさわしい表現を工夫したり,答えのない課題に対して,多様な他者と協働しながら目的に応じた納得解を見いだしたりすることができるという強みを持っている。
○ このために必要な力を成長の中で育んでいるのが,人間の学習である。…新たな価値を生み出していくために必要な力を身に付け,子供たち一人一人が,予測できない変化に受け身で対処するのではなく,主体的に向き合って関わり合い,その過程を通して,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにすることが重要である。
○ …社会や産業の構造が変化し,質的な豊かさが成長を支える成熟社会に移行していく中で,特定の既存組織のこれまでの在り方を前提としてどのように生きるかだけではなく,様々な情報や出来事を受け止め,主体的に判断しながら,自分を社会の中でどのように位置付け,社会をどう描くかを考え,他者と一緒に生き,課題を解決していくための力の育成が社会的な要請となっている。
○ こうした力の育成は,学校教育が長年「生きる力」の育成として目標としてきたものであり,…今は正に,学校と社会とが認識を共有し,相互に連携することができる好機にあると言える。

註:太字は筆者による。赤色の下線は原文のまま。

このように考えてくると,従来型の「学校知」(=敢えて述べるならば,日常の空間(=生活)で生かされることが寡少な非日常的空間(=非日常性)でのみ通用する「知」)では,所詮,現代やこれからの〈新しい時代〉を創造できない/生き抜けないことは明白なのです。ですから,余談ですが,教員採用候補者選考を含め,大学入試を初めとする諸入試の在り方を早急に検討・改善すべきなのです。特に,従来型の「学校知」だけを身に付けた,また従来型の「学校知」しか身に付ける方法を体得していない教職員の存続は,未来のある乳幼児・児童・生徒たちに従来型の「学校知」だけを身に付けさせることしかできず,彼ら/彼女らや今後の社会形成に大きなマイナスとなるのです。

○ …解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解いたり,定められた手続を効率的にこなしたりすることにとどまらず,直面する様々な変化を柔軟に受け止め,感性を豊かに働かせながら,どのような未来を創っていくのか,どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかを考え,主体的に学び続けて自ら能力を引き出し,自分なりに試行錯誤したり,多様な他者と協働したりして,新たな価値を生み出していくために必要な力を身に付け,子供たち一人一人が,予測できない変化に受け身で対処するのではなく,主体的に向き合って関わり合い,その過程を通して,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにすることが重要である。

「予測困難な時代に、一人一人が未来の創り手となる」(文部科学省 日本ユネスコ国内委員会,中央教育審議会 幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 持続可能な社会づくりに関連する記載(抜粋) 第1部 学習指導要領改訂の基本的な方向性 第2章 2030年の社会と子供たちの未来,登録:平成30年08月,下線及び太字は筆者による。)

だからこそ,学校の教育課程が見直されるわけです。所謂従来型の「閉ざされた教育課程」では社会・世界の接合点とならないのですから。ただ,確かに,学校の非日常性(=非日常的空間)が即座に日常性(=日常的空間)に同化することは不可能だと思います。したがって, 学校の教育課程は,まずは,少なくとも,社会・世界との接合点にならないといけないのだと考えるのです。乳幼児・児童・生徒が「主体的に学び,〈新しい時代〉を創造し豊かに生きていく資質・能力」(前掲書A,p.29)を育成するために。

グローバル化を象徴する世界各国をつなぐネットワークテクノロジー(青背景)
グローバル化とネットワークテクノロジーの青背景(提供 photoAC)

2 「社会に開かれた教育課程」を読む

さて,本ブログの本論はここからです。

「「社会に開かれた教育課程」のポイント」については先述したとおりです。(1-(1))そこに3点の引用を試みました。ですが,これらの記述からは,今後,我々がどのような能力を身に付ければ良いのか,どのように実現化するのかなど,具象が詳らかになりません。

そこで,再度,「「社会に開かれた教育課程」のポイント」の3点に立ち返り,それらの一つひとつを辿りながら,私見を簡潔に述べてみようと思います。

その前に,「教育課程」について,その概念を整理しておきます。

 これからの学校には,こうした教育の目的及び目標2)教育基本法第1条及び第2条を参照のこと。 の達成を目指しつつ,一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切りひらき,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが,各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である。
 教育課程を通して,これからの時代に求められる教育を実現していくためには,よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し,それぞれの学校において,必要な学習内容をどのように学び,どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら,社会との連携及び協働によりその実現を図っていくという,社会に開かれた教育課程の実現が重要となる。

『小学校学習指導要領(平成 29 年告示)』,平成29年3月告示,前文,p.15,引用文中の注記及び下線・太字は筆者による。

引用は『小学校学習指導要領』からですが,「教育課程」の概念については中学校,高等学校及び特別支援学校においてもほぼ同様です。単に「計画」ではなく,「計画」に基づいて実践される活動をも含めた概念と捉えて良いでしょう。また,近年は「潜在的カリキュラム」3)「言明されることなく潜在的に伝達され,受容されるカリキュラム。この場合のカリキュラムとは,学校で生徒が得た経験の総体を指す。生徒は単に明示的な教育目標に従って計画的につくられたカリキュラムを学ぶだけではなく,学校における制度・組織的仕組み,物理的・空間的配置,文化,風土,教師生徒間・生徒同士の人間関係などの特殊な舞台装置や相互作用を通して,体系的にある一定の教育内容が教え込まれる。こうした暗黙のうちに教え込まれる知識,規律,規範は社会秩序の再生産にとって無視できない力をもっている。」(コトバンク:潜在的カリキュラム(読み)せんざいてきカリキュラム(英語表記)latent curriculum,潜在的カリキュラム せんざいてきカリキュラム latent curriculum,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説,出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ,「隠れたカリキュラム」4)令和2(2020)年11月4日現在,リンク元が不明です。:「社会学用語。学校教育の公式カリキュラムの教授過程における教師の行動を通じて暗黙に伝達される実践的な知識。学校に適した行動様式や男女の役割期待が習得されてゆくとされる。」(コトバンク:隠れたカリキュラム(読み)かくれたカリキュラム,かくれたカリキュラム【隠れたカリキュラム】,大辞林 第三版の解説,出典 三省堂) の教育的効果についても頻繁に言及されています。

(1) ①について

社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち,教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。(再掲)

「よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標」を「社会と共有していく」とは,(乳幼児・)児童・生徒は然ることながら,保護者及び地域社会の人々,すなわち万人間で「その目標」を「共有」することだと考えられます。その具体的な共有方法については,各地方自治体や各学校の方針があるでしょうから,ここでは詳述致しません。

ただし,ここで重要なことは,各教育課程の編成主体は各学校5)実務上,編成の主体となるのは学校(校長)ですが,本来の権限は教育委員会にあります。(地教行法21条,33条,47条の6,48条) ですから,当の編成主体が編成だけの作業に終わっていては,当然「共有」は成し得ないということです。何だかの具体的な手段でそれを共有化するため,まず発信していくことが各学校に求められます。

しかし,こうした論調を展開する時,必ず「誰が発信するのですか?」といった質問が生起してきます。状況を自分のこととして受け留めていない教員たちに多い質問です。時代の行く末に関心がなく,乳幼児・児童・生徒及び自らに時代を豊かに,かつ,未来を創造しながら生きていこうとする力量を付けようと考えない教員たちに多い質問なのです。「自分事」であるならば,自ら発信主体になる意志を持っていますから。

つまり,簡単に「目標を社会と共有」するとは言うものの,(日本中の)全教職員が「自分事」として捉えないところに,十分な「共有」はあり得ないということです。この点に大きな課題があります。

このような忌まわしい状況を打破するには,主に次の3点が必要になります。

  1. 「システム思考」による思考回路
  2. 自我中心主義(エゴイズム(egoism)・二項対立の思考性)からの超克
  3. ヘーゲル弁証法による止揚(aufheben)の考え方

①は主に現代社会を構造的なシステムと捉え,多角的・多面的・総合的な視点から問題解決を図ろうと考えますから,難題を抱える現状認識(分析)だけではなく,難題そのものにアプローチする上で重要です。一方,②は①の考え方の基盤ともなりますし,①を含め,〈未来創造〉の前提となる基本的な人間の精神と言えます。③は②の精神に則り,〈未来創造〉を実現する考え方です。世の中の(各主体にとっての)背反事象に正対するだけでは,その主体はいずれ「反対のための反対」を行うようになり,それが目的化してしまいます。〈対話〉は構築されず,建設的でない罵詈雑言の果てに憎み合いが落ちです。教員の世界で引っ切り無しに展開される光景です。それを超克し,自らを含めた乳幼児・児童・生徒のための〈未来創造〉には〈高次の文化創造〉が必要であり,そのために③は必須なのです。

その他にも現状打破に必要な要素は多々あるところです。少なくとも①~③が非存在であるならば,「共有化」の騒ぎではないという意味合いで,①~③を提示したのです。無論,①~③は教職員だけではなく,現代及びこれからの〈新しい時代〉を生きる万人に必要な考え方・精神だと思います。

【「システム思考」に関する当塾のブログです。参考にしてください。】

「システム思考」と「主体性」―いじめ問題と教師教育の視点に新学習指導要領を絡めて―
「システム思考」「主体性」「新学習指導要領」「学力の3要素」「キー・コンピテンシー」「不登校」「いじめ問題」「予断と偏見」「事実確認」「乳幼児教育」「教育方法」「情熱」など,幅広い角度から現代の教師に必要な資質・能力を明らかにし,それを普遍化したブログ記事です。20世紀的な「知」のフレームを超越する契機としてください。
「The パクるな!!」-オリジナリティーを求めて-(第6回)

「The パクるな!!」の第6弾。教師に求められるオリジナリティーを探し求め,今回はその根底となる概念「オリジナリティーを創造する視点形成の在り方」を当塾なりに論じます。愈々,C・オットー・シャーマーの「U理論」を援用した当塾独自のオリジナリティー形成論に向け,第1歩を踏み出しますので,是非ご一読ください。

「現代ブログ言説」を〈相対化〉する―前夜祭(Eve)―
オリジナリティーを希求する旅の第4弾。「現代ブログ言説」が塾長によって〈相対化〉される前段階を小説風に書き下ろしてみました。焼き肉屋で語らう塾長と悪友のMr.X。お酒も〈対話〉も進んでいるようです。塾長がブログ言説を捉える視点をお読みいただけると思います。それにしても,Mr.Xって何者?

【「ヘーゲル弁証法による止揚(aufheben)の考え方」に関する当塾のブログとインスタグラムです。参考にしてください。】

「鍛地頭-tanjto-」 on Instagram: "タイトル:教育施策を「官/民=敵/味方」の図式で〈読む〉な。〈相対化〉して〈読む〉ことが重要である。 . 「鍛地頭-tanjito-」です。 . 本日は「教育施策の〈相対化〉―〈言語(運用)能力〉」の連関性について言及します。 . 【本論】 . 「第3期教育振興基本計画」など国・県の教育施策を「官/民=敵/味方」の図式で〈読む〉ことは相成らない。 . 「官/民=敵/味方」の図式で読めば,二項対立を止揚(aufheben)する〈高次の文化〉や〈新しい教育〉は紡げない。 . だからこそ,教育施策を〈相対化〉して〈読む〉ことが必要である。 . 殊に,「第3期教育振興基本計画」は「人生100年時代の到来」や「超スマート社会の到来」(≒本格的なAI時代)を展望している。 . その〈相対化〉の先には〈自立〉,〈共創造(co-creation)〉,〈対話力〉,〈創造力〉などが見えてくる。 . それらを支えるものは〈言語(運用)能力〉だ。 . 人は言語で思考・判断し,イメージし,感性・情緒を高め,創造する。そして,〈自他〉を伝え/伝えられ,理解し協働する。 . いつの時代であろうが,〈言語(運用)能力〉を磨く〈教育〉が必要なのだ。 . 詳しくは「鍛地頭-tanjito-」にお問い合わせください。 . 「鍛地頭-tanjito-」(https://wordpress.tanjito.ne.jp) . 画像:撮影者 小桝雅典,世羅高原農場,2019.10.17 . #教員採用試験 #教員採用試験合格 #先生になりたい #教員採用試験対策 #教員採用試験勉強 #勉強垢 #教育学部 #大学院生の勉強垢 #面接 #面接頑張る #面接対策セミナー #面接合格 #面接練習 #教員採用試験を受ける垢さんと繋がりたい #教員になりたい #教員になり隊 #教員1年目 #教員採用試験垢さんと繋がりたい #教員志望さんと仲良くなりたい #教員志望 #研究 #研究授業 #教育研究 #教員採用候補者選考 #現職教員 #臨時的任用職員 #非常勤講師 #教育施策"
33 likes, 0 comments - tanjito.official on October 23, 2019: "タイトル:教育施策を「官/民=敵/味方」の図式で〈読む〉な。〈相対化〉して〈読む〉ことが重�..."

(2) ②について

これからの社会を創り出していく子供たちが,社会や世界に向き合い関わり合い,自らの人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを,教育課程において明確化し育んでいくこと。(再掲)

結論から述べて,「社会や世界に向き合い関わり合い,自らの人生を切り拓いていくために求められる資質・能力」はまず〈言語(運用)能力〉と言えます。「言語能力」の育成のため,「言語活動の充実」及び「読書活動の充実」を図るように小学校・中学校・高等学校・特別支援学校(小学部・中学部・高等部)全ての新学習指導要領にも記載されています。

〈言語(運用)能力〉の育成は〈思考力・判断力・表現力〉,〈相対化能力〉,〈創造力〉,〈人間関係形成能力(協働性)〉及び豊かな感性・情緒など(=これらを総じて〈地頭力〉)の育成につながります。

ソシュールやウィトゲンシュタインが力説したように,「言語を離れては人間の意思(意識)は存在しない」6)長尾達也(2001.8):『小論文を学ぶ―知の構築のために―』,山川出版社,p.107,以後「B」と表記 のです。「話し手の意思(意識)も聞き手の意思(意識)も,言語世界(言語共同体)の内部に存在している」7)前掲書B,p.107 のです。つまり,人間は言語で考え判断するとともに,イメージ化し,(ノンバーバルな言語を含めた)言語で表現するのです。〈思考力・判断力・表現力〉,〈相対化能力〉,〈創造力〉,〈人間関係形成能力(協働性)〉及び豊かな感性・情緒などの存在・生成も全て言語の為せる業なのです。

だから,まずは〈言語(運用)能力〉を鍛えないといけないのです。

したがって,そのように考えてくると,乳幼児・児童・生徒と「学びの共同体」を営む教職員にとって,〈言語(運用)能力〉は必須の条件と言えるのです。

(3) ③について

教育課程の実施に当たって,地域の人的・物的資源を活用したり,放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし,学校教育を学校内に閉じずに,その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること。(再掲)

このくだりについては,2点申し上げます。

まず,1点目です。この件は学校内外の「知」の「共有・連携」を述べているということです。それは,すなわち,学校の学びを「実の場」に生きる〈学び〉とすることを意味しており,〈学び〉の問題として捉える視点の必要性を物語るものと捉えることができます。

次に,2点目です。少し敷衍した考え方になりますが,この2点目は学校等の「できること/できないこと」の明確化への指針と考えれば良いのではないでしょうか。「閉じた学校社会」では,「学び」も含め,学校内で生起する諸問題を抱え込むしかありませんでした。そうした状況の継続が学校の閉塞性を生み,(乳幼児・)児童・生徒の身に振り掛かった問題でさえ,十分に解決し得なかったのです。要するに,学校という部分社会(≒非日常的空間)では「教育」に限界があったわけです。そこに,学校教育としての発展性はありませんでした。乳幼児・児童・生徒が抱える問題の解決にも,学びの伸長にもストップが掛かっていたのです。「閉じた学校教育」を学校外に解放せざるを得なかったと言って良いのかもしれません。

ただし,ここで留意しておかなければならないことは,「学校等の「できること/できないこと」の明確化」は単に二項対立を志向するものではないということです。「学校等の「できること/できないこと」 」を明確にすることによって,「できないこと」を明白に抽出し,丸投げするのではなく・・・・・・・・・・,保護者,地域社会,関係諸機関(警察,医療,福祉等)等と目的・目標を共有し合力を形成するということなのです。丸投げしてしまえば,それは二項対立的な発想に基づいています。

小箱の引き出しから飛び出した電球。その小箱の上に乗っている少女。(閃きのイメージ)
閃いた! 女の子(提供 photoAC)

3 「社会に開かれた教育課程」と〈知創造(Knowledge Creation)〉

「Weblio辞書 > ビジネス > マネジメント用語」から「知創造」の意味・解説を繙いてみます。長い引用ですが,ご海容ください。じっくりとお読みいただきたいのです。

知創造
読み方:ちそうぞう
【英】:Knowledge Creation

知創造とは,組織内外の「知」と「知」がダイナミックに結びつき,自己増殖しながら独自の「知」を蓄積し,再生産を繰り返しながら環境変化への対応スピードを速めていく過程をいう。

企業の利益を左右するファクターとしての「知」がクローズアップされているため,各企業がどのような「知」を創造して社会にアピールし存在感を高めて行くかが,重要な課題となっている。
よって知創造は,企業戦略のキー・コンセプトのひとつといえる

「知」の創造は「人」に依存するため,必然的に「人材戦略」が知創造の中心テーマとなりうる。その基軸となるアプローチは,自社の独創的な提供価値を生み出す「コア・プロセス」を経営機能上のどこに置くかを見極め,そのプロセスを担う人材(「コア人材」)に焦点を当てた施策展開をすることであり,結果として競争優位を実現しようとするものである。

方法論的には,コア・プロセスが必要とする知力(知恵と活力)の充足度(必要知力と現状知力のギャップ)をつかみ,内外を問わず発掘・登用・育成までの「コア人材ビジョン」を描き出すことから始まる。その上で,コア人材の独創的活動を誘導する人事諸制度を含むマネジメントシステムの革新,社内外の知的資産を蓄積・再生産できるインフラ(ナレッジ・プラットフォーム)作りを行うこととなる。

知創造は,予測不可能な変化が連続する環境をむしろ事業機会ととらえ,経営にダイナミズムを起こし続けていくための革新コンセプトの一つになるものと考えられる。

註:丸数字,下線及び太字は筆者による。

「知創造(知識創造)」の概念は ,管見による限り,経営工学の一領域「ナレッジ・マネジメント」 から生じたものです。しかし,この概念を現状の学校(教育分野)に当て嵌めるとどうでしょう。下線部に沿って,当て嵌めてみます。

  1. 知創造とは,学校内外の「知」と「知」がダイナミックに結びつき,自己増殖しながら独自の「知」を蓄積し,再生産を繰り返しながら環境変化への対応スピードを速めていく過程をいう。
  2. 知創造は,学校(教育)戦略(strategy)のキー・コンセプトのひとつといえる。
  3. 「人材戦略」が知創造の中心テーマとなりうる。
  4. 方法論的には,コア・プロセスが必要とする知力(知恵と活力)の充足度(必要知力と現状知力のギャップ)をつかみ,学校内外を問わず発掘・登用・育成までの「コア人材ビジョン」を描き出すことから始まる。
  5. 知創造は,予測不可能な変化が連続する環境をむしろ教育機会ととらえ,教育(経営)にダイナミズムを起こし続けていくための革新コンセプトの一つになるものと考えられる。

このように読んでみて,何やら民間人校長やコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)などを想起するのは,筆者だけなのでしょうか? また,抑々,広義に「敵―敵」間の闘争を意味する「戦略(strategy)」とあることから,「知創造」のエピステーメー(epistēmē)として,物心二元論を感じ取るのも筆者だけなのでしょうか?

さらに,これも何とは無しに,上述(①~⑤)の思考性は物心二元論を超越するステージに至るまでに必ず通らねばならない中間点のように思えるのも筆者だけなのでしょうか? この点を,大胆に換言すれば,「社会に開かれた教育課程」は現代から〈新しい時代〉の〈新しい教育〉を創造するまでのマージナルな思考の構造体ではないのかということなのです。そこに「社会に開かれた教育課程」と「知創造」とに通底する概念があるように思えてならないのです。

ともかく,現世が大好きな二項対立的なフレームで,前述した「知創造」の辞書的意味合いに学校(教育分野)を代入した文章を読み直すと,矢鱈気に懸かる言表「コア人材」が存在していることに気づくのです。

「コア人材/?」

「?」の正解をここで述べることは差し控えますが,現代を含め,これからの〈新しい時代〉は教職員にとって非常に生き難い時代となることに相違ないようです。正直なところ,最終的には,かなり優秀な(=〈地頭力〉が高く,豊かな)教職員でないと生き残れないのではないのかと思います。学校内外の「知」を統合化するため,種々の局面においてファシリテーション・クリエーションできる資質・能力が絶対条件になるのですから。

また一方で,「社会に開かれた教育課程」は,少なくとも学校(教職員,教育界)の閉塞性に対する警鐘であることにも間違いはないようです。

4 エピローグ

本「鍛地頭-tanjito-」の教育論(実践編)シリーズは,その当初の目的がショートブログの作成にありました。しかし,なかなか目的達成が困難な状況にあります。原因は筆者の筆力の欠如にあります。それに尽きます。

ただし,本シリーズの読者に教員採用候補者選考の受験主体も想定していますから,参考書風に少しアレンジして勉強しやすいブログにしようとする意思だけは持っています。ですが,ブログを綴り始めると,恒常的に教員採用候補者選考のレベルだけでは論じ得ない必然の使命感を筆者の体内に宿らせてしまうのです。

「教員採用候補者選考に合格するだけの勉強ではいけない。乳幼児・児童・生徒のことを真っ先に考える〈ホンモノの教員〉になるためには,もっと見なければならないところが山積みだ。」と。

したがって,申し上げるまでもなく,本ブログを読み分けていただきたいのです。教員採用候補者選考に出題されそうなところと筆者の私見とを。

また,教員採用候補者選考の受験主体以外の方々にも同様に読み分けていただいた上で,「社会に開かれた教育課程」に限らず,教育全般や当塾のブログに関してご意見を賜ることができましたならば,筆者としては幸甚です。

霞が掛かった青空を背景に咲く菜の花やポピーの群生
草花2(提供 photoAC)

〔付記〕 LINE Openchatの開設について

□教員採用試験なんでも相談ー「はてな」解決ルーム「鍛地頭-tanjito-」ー
(https://line.me/ti/g2/DUCLOKAaU_zleSTVRB2qBw)
 趣旨:教員採用試験に関する情報交換と励まし合う仲間の形成
□みんなで創る〈新しい教育〉を求めて 教育研究の寺子屋 オンライン「鍛地頭-tanjito-」
(https://line.me/ti/g2/045PVtUtl4jsUMly3HVQoA)
 趣旨:乳幼児・児童・生徒のための教職員としての力量磨き
□作文・小論文のオンライン添削ー言語(運用)能力育成私塾「鍛地頭-tanjito-」
(https://line.me/ti/g2/zcFWiDS93TwDTAnHYf-77A)
 趣旨:小学生から大学(院)生までの表現力の養成

いずれも気さくにトークをしていきたいと考えています。二項対立を超越できるトークですよ。

それぞれのトークルームの趣旨は,ルーム内にトークしています。
参加前にトークを見ることが可能ですからご覧ください。

上記のURLからルームに入ってください。
画面下の「参加」をタップし,プロフィールを設定して画面右上の「参加」をタップすると
ルームに入れます。

忌憚のないトークを致しましょう。

本ブログサイトのアピールエリアに掲載しておりますように,この度,当塾のLINE Openchatを開設いたしました。今後,それぞれのトークルームにおいて,随時,テーマを設定し/頂き,教育領域に関する熟議を展開したいと考えております。こうした行為は「知」のネットワーク構築につながる貴重な営為だと思います。

当方の望みといたしましては,トーク主体の自我中心主義(≒エゴイズム(egoism))によるトークではなく,〈新しい教育〉を模索する建設的なトークを賜り,熟議を深めたいと考えております。その真意を真摯に受け留めてくださる方のご参加を衷心よりお待ちいたしております。

何卒よろしくお願い申し上げます。

現在,LINE側の諸事情により,Openchatの検索が出来難い状況下(検索窓が表示されない。)にあるようです。そのため,誠に恐れ入りますが,上記のURLをご活用くださり,トークルームへの入室をお願い申し上げます。既に賑わいの兆候がございます。

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