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知の統合と学力の三つの柱
1 プロローグ
日本学術会議が推薦した新会員候補6人の任命拒否問題が巷間を賑わしている。秋の国会の焦点となりそうだ。菅義偉首相は「法に基づく適切な対応」と強気の姿勢を崩さない。飽くまでも報道では,内心,世評が気になるようだが。「学問の自由」にかかわる深刻な問題であるから,筆者の関心も大きい。
一方で,「日本学術会議」という言葉を耳にした時,上述の問題とは別に,筆者の脳裡をある概念が占拠し始めた。「知の統合」である。
異なる研究分野の間に共通する概念,手法,構造を抽出することによってそれぞれの分野の間での知の互換性を確立し,それを通じてより普遍的な知の体系を作り上げること
日本学術会議科学者コミュニティと知の統合委員会:『提言:知の統合―社会のための科学に向けて―』,2007.3.22
「日本学術会議科学者コミュニティと知の統合委員会」の「知の統合」の定義である。一般に「知の統合」の定義は一定しておらず,恣意的なものが使用されることが多いが,塾生とビデオ通話を介して対面指導を実施しているものだから,「日本学術会議」という言表と相俟って,この言表に取り憑かれたのだろう。「任命拒否問題」が耳に飛び込んできた日も,対面指導で「止揚(aufheben)」について頻りに語っていたから,余計にもそうである。職業病である。因みに,私見だが,「普遍的な知の体系を作り上げる」には「止揚(aufheben)」の過程が必須である。
問題を発見し、その問題を定義し解決の方向性を決定し、解決方法を探して計画を立て、結果を予測しながら実行し、プロセスを振り返って次の問題発見・解決につなげていくこと(問題発見・解決)や、情報を他者と共有しながら、対話や議論を通じて互いの多様な考え方の共通点や相違点を理解し、相手の考えに共感したり多様な考えを統合したりして、協力しながら問題を解決していくこと(協働的問題解決)のために必要な思考力・判断力・表現力等である。
文部科学省,中央教育審議会初等中等教育分科会,資料1 教育課程企画特別部会 論点整理,2.新しい学習指導要領等が目指す姿,2)育成すべき資質・能力について,1.育成すべき資質・能力についての基本的な考え方,資質・能力の要素,2)「知っていること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」,登録:平成27年11月,下線は筆者による。…A
さて,お馴染みの「学力の三つの柱」の一つ「思考力・判断力・表現力等」に関する文部科学省(中教審)の説明である。学校では「問題発見・解決」や「協働的問題解決」のために「必要な思考力・判断力・表現力等」を児童生徒に身に付けさせなければならないわけである。「(児童生徒等は)情報を他者と共有しながら、対話や議論を通じて互いの多様な考え方の共通点や相違点を理解し、相手の考えに共感したり多様な考えを統合したりして、協力しながら」。
「統合」って何だ? どうすることなんだ?
前掲の定義に依拠し,それを伺う限り,「統合」は単なる「足し算」ではない。「より普遍的な知の体系を作り上げること」だから,そこには知の高次化を読み取ることができる。――抑々,「普遍的な知の体系」など存在するのか? 科学万能主義の権威性から解放されない言説を読み取るのは,筆者だけだろうか? まあ,ここでは,それを措くとしても,「普遍化」とは「多様な知の小さな体系を一元論的に止揚(aufheben)する過程である」と見做せば,「高次化」と考えて良いのだろう。――
「止揚(aufheben)」って何だ? どうすることなんだ?
疑問は尽きないが,現実問題として教員は授業を実践しなければならない。私たちの周辺に生起する複雑化・難化した問題を解決するために,知を統合化する授業を。
どうやって授業デザインするんだ?
そんなことより,抑々「知」って何だ? 「知識」や「知恵」と違うのか?
教採対策に託けて,学習指導要領(解説)の文言を理解もせず丸暗記しても,そこに記述してある授業実践はできないのだ。
(この場合,)「知の統合」について考究すべし。言うなれば,そういう教採対策が必要なのだ。
「そんな難しいこと,選考に合格し,学校に配属されてから学べばよい。」
一体,誰が教えてくれると言うのか? 教員が学ぶ間,当該の教員から児童生徒はどのような授業を受けるのだ? しかも,筆者の経験上,そのように述べる教員が配属後,即座に必死になって学ぶ姿を見た例がない。だから,自我中心主義(・エゴイズム)だと言うのだ。
「まずは,乳幼児・児童・生徒ありき。」
教採対策時,そう,今,勉強するしかない。
因みに,「止揚(aufheben)」には〈対話〉が必要だ。普通の「対話」ではない。ましてや会話ではない。〈対話〉と強度な連関性を有する〈相対化能力(≒所謂「メタ認知力」)〉の育成も必要だ。これらは授業デザインに欠かすことができない。
普遍的な知の体系を作り上げるための方法論や方策論など「知の統合学」は,メタな学問なのだ。[1]「知の統合学」(舘暲,横幹 第7巻第2号,p.70)そう言えば,学力の三つの柱の三番目「学びに向かう力(,人間性等)」について,文部科学省(中教審)は次のように説明していたことを想起する。
主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や、自己の感情や行動を統制する能力、自らの思考のプロセス等を客観的に捉える力など、いわゆる「メタ認知」に関するもの。
前掲資料A,3)「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」
最早時代は「メタ認知」を〈メタ化〉する時代。そうした〈授業デザイン〉を必要とする時代を迎えているのだ。
2 教採アラカルト(小論文)
出 題
問 次の文章をよく読んで,「知」についてあなたの考えることを論述してください。
なお,論述する際,知に「 」を付ける必要はありません。
旅が面白いのは,行った先で思いがけない物事に出会って,出かけるまえの当初の目論見とはまるでちがった関心をもつようになったり,かなりちがったところに足をのばして深入りするようになったりすることがあるからである。…なにも徒にきょろきょろ余所見をするのがいいというのではない。そうではなくて,歩いていておのずと見えてくるものに対して目をふさがず,見えてきたものにつよく心を惹かれれば,それに深入りすることもおそれるべきではない,というのである。
(中村雄二郎『知の旅への誘い』)
ミニ解説・塾長の述懐
本問は合格道場等に在籍する塾生・受講者に課している課題です。塾内では「小論文対策」の課題としてではなく,当塾オリジナルの領野「言語(運用)能力」[2]塾生及び受講者自身の言語能力及び言語運用能力を鍛える場で採り上げています。
敢えてここでは字数制限を明示していませんが,塾内では「300字以内」の字数制限を設けています。しかし,当初は800字~1,200字以内で論述されてみては如何でしょう。「300字以内」となると,結構な難題になりますから。
本問のねらいは現行の学習指導要領を理解することにあります。「知」について深掘りしないところで,学習指導要領の理解は儘ならないでしょう。「知」,「知識」,「知恵」及び「常識」とは何ぞや? この辺りから考究してみてください。教育史や教育方法に関する書物を繙くのも良いでしょう。「メタ認知」や「対話」についても調べてみてください。
「旅」は日常空間から我々を解放し,新たな世界へと誘ってくれます。それは新たな〈視点〉の獲得をも意味します。(自己内を含む)他者との〈対話〉・《対話》を通して自己を〈相対化〉・《相対化》し,〈ありのままの自己〉に近接する「旅」。それを〈人生〉というのだと思います。
まさに「知の旅」も同様です。「知」を〈相対化(≒メタ認知)〉し,一面性・一義性から解放され,「知」が本来有する多面性・多義性に近接するとき,初めて新たな世界は我々の前に姿を現そうとします。その際,〈共創造(co-creation)〉によって「統合化された知」が新たな世界の扉を開く鍵となるのです。
これからの〈新しい時代〉の〈新しい教育〉はそこを目指しているのだと思います。
👇 「〈ありのままの自己〉に近接する「旅」については,こちらをお読みください。👇
「Ⅱ 「解説」に関するFAQ」,「1 「面接についての考え方」について」
3 場面指導等
出 題
問 「担任をしている児童生徒の保護者が急に来校し,「先生の授業は考える時間があったり,発表の場面が多かったりすると聞くが,それでは受験学力が身に付かない。即刻,進学塾のように授業の仕方を変えて欲しい。」と興奮気味に言いました。あなたが担任の教師であるならば,どのように応対しますか?
ミニ解説・塾長の述懐
本教育事象への応対は主に2本の文脈に大別されます。
- 現行の学習指導要領に措定される学力観を受験学力と比較しながら説明する。
- 適切に保護者と連携する。
①・②について
上掲のピンク色の付箋内には,便宜上,二次元的に①と②を分けて記述しました。しかし,保護者と話し合う実の場はそれぞれ多様な①と②の文脈が重なり合い,織り交じり合うわけです。例えば,②のどの文脈において①のどの文脈を語るのか。つまり,繊細な多様性を有する文脈をどのように統合化するのか。この辺りの微妙なバランス感覚がプロの教員であるか,そうでないかの分水嶺になります。システム思考ができるか,できないかです。教員の資質にかかわるポイントです。
まずは,①,②のそれぞれについて,その具象を整理してみてください。
「場面指導Weekly解説ルーム」では,上述のポイント等を詳細に解説いたします。
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