3 外発的動機づけと内発的動機づけとのバランス
(1) 外発的動機づけと学習規律
「外発的動機づけと学習規律」について,筆者の経験から3点に絞って簡潔にまとめておきます。
- 「外発的動機づけ」による学習規律の周知には,まず授業びらき[1]「新学年を迎えて学級びらきをしたあと,授業を初めて行うことをいう。」(前掲書A,p.133)が肝心!
- 毅然とした丁寧で粘り強い指導の継続が必要!
- 児童生徒の体調管理が優先!
学習規律を遵守させることに躍起になって,児童生徒とのリレーション(心と心とのつながり)に破綻を来しては,何のための指導かがわからなくなります。
一例を挙げます。教員採用候補者選考の場面指導で「授業中に机に伏せている児童生徒の対応」や「授業に遅刻してきた児童生徒の対応」について訊かれることがあるようですね。これらの「場面」は,実際,学校現場でよく生起している指導「場面」となる〈場〉です。こうした場合,経験上,まずは「正当な理由がある/ない」にケースが分かれます。
「正当な理由がある場合」で最も注意を要するものが「体調不良」です。児童生徒の健康(安全)が第一ですから。ここでは,この点について特筆します。まずは,「授業中に机に伏せている児童生徒の対応」に関する授業開始以前及び授業中の体調不良への指導です。筆者の経験に基づいてポイントのみを列記します。
- 体調不良であっても授業に出席できる場合には,授業開始までに休憩時間等を利用して,事前に(教科)担任に申し出るように指導していました。また,このことを授業びらきや事あるごとに継続的に指導していたのです。
- 授業中,不意に体調不良を起こした場合には,遠慮することなく「退室します。」と一言述べて,保健室に行くよう指導していました。養護教諭には「教科担任の退室許可があります。」[2]元気な生徒が多かった学校では「退室許可書」を持参させるシステムがありました。と述べるようにも指導していました。
- 授業直後には退出した生徒の様子を見るため,また養護教諭との連携のために必ず保健室を訪ねました。
- ①~③の指導を学校体制(全教職員)として実践したのです。
続いて,「授業に遅刻してきた児童生徒の対応」について,これもまた筆者の実践を披瀝します。
- 遅刻してきた生徒は黙って教室に入らない。「失礼します。」と教室の入り口で挨拶をして,そこに立つ。
- 他の生徒の前で述べることのできる理由であるならば,その場で簡潔に述べる。
- プライベートにかかわることなど,個人的な理由の場合には「授業後に(教科担任に)お話します。」と述べて着席する。
- ②において,正当な理由と認められないとき,教科担任は毅然とした態度で指導を行い,生徒の反省状況を判断して着席させる。また,個別での指導が必要な場合には,授業後,別室指導を行う。ただし,複数の生徒にかかわる集団での問題行動で急を要する場合には,他の教員と連携し,即座に別室指導を行う。
- ①~④について,学級(ホームルーム)びらき・授業びらき及び事あるごとに周知する。
「児童生徒―(個々の)教職員」間のリレーション(心と心とのつながり)があって,「外発的動機づけ」も効果が上がるのです。机にうつ伏せた児童生徒を見て,例えば,学習規律を遵守する指導に躍起になることによって,却ってリレーションが破綻を来す。実は,当該児童生徒は体調不良だった,あるいは,学業不振に陥り,授業内容を理解したいのにできない苦衷と絶望感によるものだった…。こうした躍起になる指導の後に残ったものは当該児童生徒が教職員に向ける不信感だった…。このような事態だけは避けなければならないのです。
(2) 内発的動機づけと学習規律
「内発的動機づけ」と「学習規律」との連関について言及する前に,まず学習活動における「内発的動機づけ」についてもう少し詳細に触れておきたいと思います。
内的動機づけの中心は知的好奇心(intellectual curiosity)である。これは人間は,賞罰や競争によって外から強制されなくても,未知なものを調べたい,情報を得たいという欲求があり,積極的に知識を吸収しようとする存在であることを示している。
前掲書B,p.117,下線は筆者が施した。
内発的動機づけは行動主体,具体的には児童・生徒の内部から生じる動機づけということになるが,厳密には行動主体のもつ認知構造と外界との相互作用により生じるものである。バーラインBerlyne,D.E.が言うように新しい情報が既存の認知構造にうまく取り込めず,概念的葛藤conceptual conflictが生じ注意が喚起されることを考えれば,内発的動機づけは情報処理とその活動に内在する動機づけであるといえる。教室場面で内発的動機づけを高めるということは具体的には教材の提示の仕方や発問の仕方などを工夫して児童・生徒の認知構造を揺さぶることを意味している。
コトバンク:学習意欲(読み)がくしゅういよく(英語表記)motivation for learning;がくしゅういよく 学習意欲 motivation for learning,最新 心理学事典の解説,出典 最新 心理学事典
つまり,「知的好奇心は,ある人が持っている認知的枠組や知識と,外部から与えられる情報との間に,適度なズレ,不一致,矛盾などが生じた時に引き起こされるといわれている」(前掲書B,p.117)のです。
このように「内発的動機づけ―知的好奇心―学習意欲」との連関について整理してみると,「学習規律」との連関も見えて来そうです。
授業の「内/外」で,〈他者とのつながり〉を構築するために「自立した人間として他者とよりよく協働することができる資質・能力」を育てるとともに,授業において,児童生徒の認知構造を揺さぶり,知的好奇心を昂らせることによって学習意欲を喚起すれば,「学習規律は児童生徒により内発的・共同的/協働的に形成される」。
では,上述したような「学習意欲を喚起する授業」を如何にして構築するのか。そのことが次なる課題として浮上してきます。
(3) 学習規律,生徒指導の三機能を生かした授業づくり,そして学力向上
学力=規範意識(学習規律等)+生徒指導の三機能を生かした授業づくり
見慣れない「学力の公式」かもしれません。しかし,以前,国立教育政策研究所の研究官をしておられた先生も,在職中におっしゃっていたことです。
(筆者注:筆者が)県教委で生徒指導を担当していた頃,「「生徒指導の三機能」を生かした授業づくり」を標榜していました。【生徒指導係が「学習指導」?】と思われるかもしれませんが,生徒指導等の研修会などで,よく話させていただいた内容なのです。
「教師教育「先生,あの先生,授業に自信がないん?」―学習指導と生徒指導とは車の両輪の関係—」(小桝雅典,BLOG「鍛地頭-tanjito-」,2018.8.6),下線及び打ち消しは本ブログのために筆者が施した。
特に,
学力=
授業規律(狭い意味での生徒指導)〔A〕
+
「生徒指導の三機能」を活かした授業づくり(学習指導)〔B〕
という概念(「学力の公式」)の伝達に力を注いでいました。
【「生徒指導の三機能」】
○「自己存在感を与える」
○「自己決定の場を与える」
○「共感的人間関係を育成する」
【学力の公式】私の勝手な命名です。あしからず。
ここで述べる「学力」とは学校教育法第30条第2項に規定され,新学習指導要領の柱である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」を指します。また,「+」は付加的なものではなく,〔A〕と〔B〕が共時的・並行的に相互で相関しながら機能することを意味しています。
簡潔に述べれば,
授業規律が守られ,学ぶ意欲を喚起する「生徒指導の三機能」を生かした授業づくりを行えば,学力は向上するというわけです。
授業規律が守られた学びの空間では,授業に集中できるわけです。そこに,「生徒指導の三機能」を活かした授業が展開され,学ぶ意欲が喚起される。その帰結は「学力向上」。
学力が向上すれば,なお一層,児童生徒の授業規律を守る力は高まるわけですから,教員も努力し,学ぶ意欲を喚起する授業を継続して創造していけば,さらに学力は向上するのです。そして,この一連の継続した営みは正のスパイラルを描き,学力はグングン向上するという理屈です。
上記に引用した「学力の公式」のポイントは,次のとおりです。
- 「学力」は受験学力だけを指すのではなく,学校教育法第30条第2項に規定された広義の「学力」を指します。特に,同条文中の「主体的に学習に取り組む態度」の育成,すなわち新学習指導要領の3つ目の柱「学んだことを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力,人間力等」」に傾注する必要があります。
- 「授業規律」は「学習規律」と同義です。ここを一般的には「規範意識」と捉えています。本ブログの主旨からもお分かりのように,現在,筆者はこの「授業規律」を「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」による「授業規律/規範意識」の確立/育成として考えています。
- 「「生徒指導の三機能」を活かした授業づくり」については,管見による限り,広島県教育委員会が平成14年度に初めて指導を始め,精力的な指導を行った平成24年度辺りから全国に普及していったものと思われます。各都道府県教育委員会のホームページ等を参考にしてください。ただし,「「生徒指導の三機能」を生かした授業づくり」を標榜していない地方自治体もあります。
【あわせて読みたい】
「自ら学ぶ意欲を育む生徒指導の在り方に関する研究― 生徒指導の三機能を生かした学習指導法の開発と評価を通して ―」(広島県立教育センター,特別支援教育・教育相談部 指導主事 池田 隆・北野 和則,平成24年)[4]リンク元が不明です。(令和2(2020)年3月30日現在)
「生徒指導の三機能を生かした授業評価表」(広島県立教育センター,特別支援教育・教育相談部 指導主事 池田 隆・北野 和則,平成24年)[5]リンク元が不明です。(令和2(2020)年3月30日現在)
「生徒指導の三機能を生かした授業と生徒指導実践に関する 実践的研究 Practical research on teaching and Student Guidance practices utilizing the three functions of the Student Guidance」(杉田 郁代・吉浪 徳香・藤原 孝次)[6]リンク元が不明です。(令和5(2023)年5月21日現在)
- 「+」は単に足し算を意味しません。また,「学力」を向上させるために,先に「学習規律(授業規律)」を確立して,その後に「「生徒指導の三機能」を活かした授業づくり」を実践するという順序性を示すものでもありません。両者は共時的,並行的な相互補完の連関性にあります。
「学習規律」の確立には「外発的動機づけ」も「内発的動機づけ」も必要でした。前者だけが必要な指導場面もあれば,後者だけが必要な指導場面もある。両者のバランスを勘案しながら,例えば,1単位時間の中で前者・後者を行う場面もあるわけです。
一方で,授業者は「「生徒指導の三機能」を活かした授業づくり」,すなわち「学習意欲を喚起する授業」を創造していくわけです。学習者(児童生徒)の「わかりたい」と切望する気持ちを揺さぶるのです。そこに,授業の「内/外」で,〈他者とのつながり〉を構築するために「自立した人間として他者とよりよく協働することができる資質・能力」を育成していけば,学習者の「みんなでわかりたい」と熱望する気持ちは,漸次内発的・共同的/協働的に「学習規律」を確立していきます。「外発的動機づけ」との別離です。
内発的・共同的/協働的に「学習規律」が確立していけば,授業空間は「学び」に相応しい空間に変貌していきます。それは「学力」の向上を意味します。そうなれば,さらに,学習意欲は高まります。授業者は「「生徒指導の三機能」を活かした授業」のレベルを上げた授業創造を行うことになります。
こうした繰り返し(正のスパイラル)は,日に日に「学力」を向上させていくのです。
教職員の仕事は第一にここで述べた来た「学力」を児童生徒に付けることです。そのために「学力向上(規範意識の育成,学習意欲を喚起する授業の創造等)」を疎かにするわけにはいきません。どんなに多忙であっても!! 忙しさに逃げてはいけません!! 熱き〈教育愛〉があれば,「学力向上」に専念します。教育活動の根底を支えるものは熱き〈教育愛〉に他なりません。「〈教育愛〉があっても,忙しくてできないものはできない。」「そんなこと理想論だ。」とおっしゃる方は,冷静に自己の「教育愛」を〈相対化〉する必要があります。その上で〈相対化〉の対象となった言表を児童生徒,保護者及び地域住民の前で堂々と語ってみてください。その際,すぐに解答(反応)は返って来ないかもしれません。しかし,いずれ正解(反応)は返って来ます。それは数十年後のことかもしれません。
4 学習規律の確立を目指す校種間連携
本ブログの最後に,学習規律の確立を目指して,同じ中学校区内で校種間連携を行った事例を紹介しておきます。
【学習規律の確立に係る校種間連携のメリット】
○ 小・中学校の9年間を通じて,共通の「学習規律」を守ることにより,児童生徒は授業の中で特に大切な学習規律を認識し,それをよく守るようになった。
○ 児童生徒が「学習規律」そのものの意義を理解するようになった。
○ 教職員による校種間連携を定期的に行うことにより,児童生徒に関する綿密な情報連携(交換)が可能となり,一人ひとりの児童生徒の「学びの姿(成長)」を確認し,指導に活かすことができるようになった。
ある同一の中学校区内で中学校1校に対して,当該校に卒業生を送り出している数校の小学校が連携した事例です。各校の管理職や担当の先生方が,毎月一回,当番でそれぞれの学校に集われました。そこで,年度当初,各校の学校教育目標や目指す児童生徒像を確認され,共通で指導する「学習規律」を定められるのです。以降の定例会は定めた「学習規律」の指導状況や児童生徒の「学びの姿(成長)」に関する情報連携が中心となります。中でも,筆者が関心した取り組みは,各校が各校の特色を出しながら,「学習規律」の指導に代表されるように,生徒指導上の指導内容の一部に共通性を持たせ,各校独自の「生徒指導規程」[7]育成を目指す児童生徒像とともに,児童生徒の問題行動に対する指導方針・項目・方法等を記した生徒指導上の規程のこと。を作成されていたことです。つまり,当該の中学校区では,どの学校でも(一部に)共通した内容を持つ生徒指導が展開されるのです。「地域の子どもは地域で育てる」の一側面を体現した指導と言えるのだと考えます。地域を挙げての(特に,生徒指導上の)指導の焦点化が行われたのです。
こうした取り組みの効果は上述したとおりです(【学習規律の確立に係る校種間連携のメリット】)。
一方で課題は,近隣にある高等学校とも同様の連携を図ることでした。
© 2019 「鍛地頭-tanjito-」
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